10-3『それを潰せ』


・今回もまた人によっては不快感を感じる可能性のある内容となっています。
・新年早々で申し訳ありません。

 上空に滞空するCH-47Jのコックピットから、決して広くはない町の道を進む車輌隊本隊の様子が見える。
 車輛隊本隊はしばらく進んだところで、比較的大きな十字路へと差し掛かる。先頭を行く装甲戦闘車と続く3両のトラックは、十字路をそのまま直進。
 殿の指揮通信車だけは十字路を右へと曲がり、少し先で停車。搭載していた隊員を降車展開させ、十字路周辺の確保にかかる様子が見えた。
「車輛隊が目標周辺で展開を始めた」
「よし、当機も目標上空へ移動する」
 小千谷と維崎が言葉を交わし、車輛隊が目標地点周辺へ展開するタイミングを待っていたCH-47は、高度を下げ、目標建物の上空を目指して移動を再開した。
 少しの間、街並みの真上を這うように進んだヘリコプターは、やがて目標建物を前方に捉えた。
「目視した、あの建物だな」
 モニターに映るマークされた建物と、目視できた建物を交互に見ながら、小千谷は操縦桿を操る。
「二尉」
 そこへレンジャー班指揮官である波原が、操縦室に顔を出した。
「降下に適当な場所はありそうですか?」
「待ってくれ」
 小千谷は目を凝らして、再びモニター及び肉眼で建物の構造を観察する。
「――バルコニーが見えるな、そこに機体後部を合わせる形でいいか?」
「お願いします」
 CH-47Jはその機首側を持ち上げ、速度を徐々に落とす。
「間もなく、目標建物上空」
 小千谷は機内に居る各員へ、無線でその旨を伝える。
 CH-47Jはその巨体を目標の建物上空へ到達させ、ホバリングへの移行を始める。
 二つのローターが起こす風圧が、建物の屋根や地上の砂埃を巻き上げた。


 レンジャー隊員は、降下に備えて後部ランプの付近で待機していた。そこに操縦室に赴いていた波原が合流し、声を張り上げる。
「バルコニーに降りるぞ。最初に俺が降りる。続いて新好地、最後にヴォー。この順だ、いいな?」
「レンジャーッ!」
「レンジャ」
 波原の説明に、新好地とヴォーはそれぞれレンジャー式の返答で答える。
 ヘリコプターは完全なホバリング状態に入り建物の真上で滞空を始める。
「ロープッ!」
 波原の指示の声で、ランプに結ばれた三本のファストロープが降ろされ、その先端が建物のバルコニーへと落ちる。
 レンジャー班の各員はそれぞれのロープを掴む。
 一番手の波原がランプの端、ギリギリの位置に立って、降下体勢に入る。
「行くぞ――降下ァッ!!」
 発すると共に、波原はランプの縁を蹴って中空に飛び出し、バルコニー目がけて降下した。


 ほとんど落下に近い速度で、ファストロープを伝い降下した波原は、その脚をバルコニーの床へと付けた。
 降り立った波原は、すかさず後続のためにその場を空け、そして9mm機関けん銃を構えて警戒態勢に入る。その背後、波原が空けた場所に、二番手である新好地が同様に降り立つ。新好地は波原と同様に降着場所から移動すると、自身のショットガンを構えて警戒態勢を取る。波原は自分以外の警戒の目が増えると、新好地に警戒を任せて、背後上空へ振り向く。殿のヴォーの降下を確認するためだ。
 しかし、そこで目に飛び込んで来た光景に、思わず波原は目を剥いた。
 視線の先には、降着予定地点のバルコニーを大きく外れ、振り子状態になっているヴォーの姿があった。
「おいヴォー!?何やってる、ミスったか!?」
 思わぬ光景に、波原はすかさずインカムに向けて言葉を放つ。
《この先に居る。挟撃だ、俺はこっちから突っ込む》
 しかし波原の言葉に対して、無線からは、ヴォーの最低限の内容だけが含まれたの声が返って来る。
 そしてヴォーは振り子状態からの勢いを利用して、窓を突き破り、内部へ蹴り込んだ。
「ッ……いきない手順に外れたことしやがって――」
《ジャンカーR、どうした?問題発生か?》
 上空で滞空するCH-47Jの小千谷から、無線通信が入る。
 ヴォーの行った予定にない行動に、問題発生の可能性を疑い無線を寄越したようだ。
「いや、問題ない。少し手順とズレたが降着には成功した。これより突入する」
《了解。こちらは離脱し、上空からの監視行動へ移る》
 CH-47Jは垂らしていたファストロープを切り離すと、建物上空から離脱していった。
「まぁいい。新好地、俺達も行くぞ」
「は、レンジャー!」
 波原はバルコニーにある扉を蹴り破り、内部へと突入した。


「じゃあ、この件はよろしくね」
「は、はい……!」
 建物上階にある一室。
 中では、置かれたベッドに並んで腰かけ、何らかの会話を交わす二人の女の姿があった。
 片方の端正ながらも妖艶な雰囲気を発する女は、艶やかな笑みを浮かべて。もう片方のあか抜けていない雰囲気の女は頬を赤く染めて、互いに顔を寄せ合っている。その様子は、まるで内緒の恋の話でもしていたかのようにだ。
 しかし、
「ふふふ、それにしても……」
 端正な顔立ちの女は、自身の足元に視線を降ろす。
 そこに見える光景が、この場で行われているのが、恋話などという微笑ましい物では無い事を示していた。
「あぅ……あひぃ……」
 女達の足元にあったのは、へたり込み、床に突っ伏した一人の少年の姿だった。そしてあろうことか、女達と違って少年は全裸姿であった。
「やっぱり私の見立ては正解だった。この子、犬としての素質があったね」
「ふわ……ネル君、こんなにトロトロに……」
 端正な顔立ちの女の妖艶な笑みは、少年に向けられた嘲笑。あか抜けない女の紅潮した顔も、少年の痴態を前にしての物だった。
 この一室では女二人による、とある密談が交わされていたのだが、二人の女はその片手間に、小間使いである少年を慰みものとして甚振っていたのだ。
「あひぃぃ……」
 少年は恍惚の表情で喘ぎ声を漏らす。
 それを見ながら女は再度笑みの声を零し、役人の女もこれからの淫靡な調教劇に、背徳感と期待を覚え、ごくりと唾を飲む。
「ふふ……」
 そして少年をさらに甚振るべく、端正な顔の女の脚先が、少年へと伸ばされる……


 ――盛大な破壊音が割って入ったのは、その瞬間であった。


 部屋の窓を荒々しく破り、淫靡な空気を清々しいまでに吹き飛ばし、迷彩服に身を包んだ侵入者が突貫して来たのだ。
 ヴォーだ。
 窓を破って越え、握っていたファストロープを放した彼の体は、衰えぬ勢いのまま部屋内の中空を突き進む。その彼の脚が付く先――
「ギョッ!?」
「ギェブッ!?」
 その答えは、二人の女の横面であった。
 右足と左足、それぞれが履いた戦闘靴の踵が女達の顔にそれぞれ直撃する。そして二人の女は白目を剥きながら、仲良くベッド上から同一方向に吹きとばされ、壁に激突、あるいは床に叩き付けられた。
 二人の女を蹴とばした反動で突入の勢いを殺したヴォーの体は、中空から床へと着地する。
「ぎゃッ!?」
 その際、丁度真下でへたり込んでいた少年の体を踏みつける事となった。
「―――」
 内部に居た動く存在を一通り無力化した事を確認したヴォーは、そこで室内を見渡す。
「―――フン」
 しばらくの観察行動の後に、この場であまり気分の良くない行為が行われていたという事に察しを付けて、ヴォーはそして不快そうに息を吐いた。
 ――そんなヴォーの背後に立つ人影があった。
 その両腕は振り上げられ、そこには花瓶が握られている。そしてその花瓶は次の瞬間、ヴォー目がけて振り下ろされた。
 襲撃者は、あか抜けない顔の女だ。
 およそ先程までの彼女からは想像できない行動だったが、敬愛に近い感情を抱いていた端麗な顔の女を護らねばという、献身の心と防衛本能が、彼女を駆り立てたらしい。
「あッ!?」
 しかし彼女の決死の行動は空しくも蛮勇に終わった。
 ヴォーは僅差で身を翻して女の攻撃を回避。女の体はヴォーの脇を通り抜け、そしてその体勢を大きく崩す。
「ぎゃッ!」
 そしてヴォーに背中を晒したあか抜けない顔の女は、ヴォーの構えた9mm機関けん銃の餌食となった。後頭部と背中に数発の9mm弾を食らった女は、悲鳴と共に床に崩れ落ちた。
「な――メリナくん!?」
 それを目撃した端正な顔の女が声を上げる。
「貴様ァ!」
 そして彼女はその手に鞭を繰り出すと、声を荒げてヴォー目がけて飛び掛かって来た。
その動きは、あか抜けていない女よりも機敏であり、瞬く間にヴォーとの間合いに踏み込んで来た端正な顔の女は、その手に握った鞭を思いっきり振るった。
「な――!?」
 だが、ヴォーはそれをくるりと身を翻して回避。
 そしてその瞬間に、目についた暖炉の火かき棒を掴み取る。身を翻した勢いを利用して、手に取った火かき棒を思い切り振るった。
「ぎゅェッ!?」
 火かき棒の切っ先は、端麗な女の後頭部に見事命中。脳天に致命傷を受けた女は、短い悲鳴と共に目を剥きだし、舌を突き出して、絶命した。
 ヴォーの持つ火かき棒が刺さったままの女の死体は、それが支えとなって宙にぶらりと垂れ下がる。ヴォーはその宙に揺れる女の尻に脚を掛けて、思い切り踏み下ろした。すると火かき棒が女の頭から抜け、死体となった女の体はべちゃりと床に落ちた。
「………」
 一通りの襲撃を凌ぎ切ったヴォーは、最後に未だにへたばっている少年に目を落とす。
「ぁ……へ……ぎゃッ!?」
 そしてヴォーは火かき棒を、へたばっている少年の後頭部に叩き下ろした。
 この場に居る人間たちが皆、囚われの身などではなく、己の意思でこの醜態に身を落としている者達であるということは、ヴォーには見ただけで理解できた。
「無様だな」
 少年に向けて吐き捨て、できあがった三人分の死体を冷たい目で一瞥するヴォー。そしてヴォーは9mm機関けん銃を構え直して、任務を全うすべく行動に移った。



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